すべてを言葉で説明できるわけではない。
それでも、その写真には選ばれた理由がある。
なぜその被写体を選び、なぜそのシーンを選び、何を伝えようとしたのか。
そこには確かに、意図が存在する。
その理由を問い続けることが、私の写真です。
都市の無秩序な光の中に潜む、一瞬の静寂と人間性を捉えるための光量設計。
厳しい自然と人の営みが交差する瞬間を、時間と気候の最適な選択によって視覚化する。
人工物を取り除いた自然のままの姿に、光が差し込む一瞬の判断を焼き付ける。
この実績は、偶然ではありません。判断の積み重ねです。
良い写真を撮ることだけではなく、
なぜその写真が最適なのかを共に考える。
その判断が、成果に直結するよう設計する。
その判断は、再現できるのか。
なぜ撮るのか。なぜ選ぶのか。何を伝えたいのか。
父との時間。ミサゴとの出会い。胎内と飯豊連峰。
写真は、私自身のルーツを見つめる行為でもある。
その問いから、すべてが始まります。