
人と自然との共生
Tadami Line in Winter — IPA 2022 Nature Photographer of the Year
美しい景色の、その裏側にあるもの
福島県三島町を通る只見線。その冬の景色は、鉄道ファンのみならず多くの写真愛好家にとって憧れの地です。しかし、この場所を訪れる多くの人々は、列車と美しいアーチを描く橋梁の部分だけを四角いフレームに切り取って撮影していました。
私も最初は「ただ美しい場所だから」という素朴な動機で訪れました。しかし現地に立ったとき、私の視線は列車や橋ではなく、その背後にそびえ立つ険しくも静かな山へと吸い寄せられていきました。
地図を広げて調べると、その山は「日向倉山(ひゅうがくらやま)」という名前でした。「日向」は日がよく当たる温かみ、そして「倉」は山の言葉で岩場や険しい断崖を意味します。その相反する二つの意味を持つ名前に惹かれ、私は只見線とその地域について深く調べるようになりました。
豪雨災害と、自然と共に生きる暮らし
只見線は2011年の新潟・福島豪雨による甚大な水害に遭い、鉄橋が流出するなどして、一部区間が11年もの長期にわたり運休を余儀なくされていました。人口減少の進む地域であり、赤字路線としての存続危機、全線廃止の議論も繰り返されてきた背景があります。
この地は息をのむほど美しい一方で、牙をむく自然の厳しさも併せ持っています。それにもかかわらず、そこに住む人々は無理な近代化や開発をすることなく、雄大な自然を敬い、それと調和しながら日々の暮らしを営んでいました。
そのとき、私の中でこの場所に対する解釈が変わりました。「この場所は、単なる美しい風景ではない。人と自然が互いを認め合い、寄り添って生きる『人と自然との共生』を体現する場所なのだ」と。
だからこそ、自然の厳しさを象徴する「日向倉山」を大胆に画面全体へ取り入れた構図でなければならなかったのです。列車を小さく、大自然の中に配置することで、自然の圧倒的なスケール感と、その中で慎ましくも力強く息づく人々の暮らしが浮かび上がってくる。そう確信しました。
完璧な瞬間を求めた、3年の歳月
この頭の中のイメージを現実の一枚の写真として捉えるため、私は3年間、現地に通い続けました。私が思い描いたのは、自然がもたらす条件が重なる、以下の「3つの完璧な条件」でした。
- あたり一面が新雪で真っ白に染まっていること
- 只見川の水面が風に乱されず、鏡のように対岸を映し出していること(水鏡)
- 画面に情緒的な奥行きを与える雪が、ちらちらと静かに舞い降っていること
温暖化が進む近年において、この条件がすべて揃う日は年に数日、あるいは一度も訪れないことすらあります。
雪が全くない日もあれば、逆に雪が降りすぎて列車が運休になる日もありました。吹雪で視界が閉ざされ、何も撮れずに引き返すことの方が多かったです。風が少しでもあると水鏡は崩れてしまうため、風の凪ぐ夜明け直後が勝負でした。
そしてついにその瞬間が訪れたとき、ストロボの光で雪のきらめきを写し止め、シャッターを切りました。ファインダー越しにその光景を見届けたとき、私の心に湧き上がったのは「撮ったぞ」という達成感ではなく、「自然から撮らせてもらった」という深い感謝の念でした。
写真には力がある。見た人に考え、行動させる力がある。 時に写真は痛みを伴うこともある。戦争、紛争、闘争。しかし、人間はそこから学び、避けようと考え、行動することができる。だから私は、人々に考え、行動させるような写真を選んだ。
あなたの写真は、とても美しいですが、同時に自然の厳しさも感じます。まさに人と自然との共生を表した写真です。 この写真から「この自然を守りたい」という気持ちが伝わってきた。見た人は、この景色を守りたいと思い、守るために行動してくれるでしょう。
美しさを記録するのではなく、実物を未来へ遺すために
審査員からこの言葉をかけられたとき、私は思わず涙をこぼしました。説明をしなくとも、この1枚の写真に込めた私のすべての想いが、海を越えた人々にそのまま伝わっていたことを知ったからです。
この体験が、その後の私の写真家としての姿勢を決定づけました。「見た人に何かを考えさせ、行動を起こさせる写真」を撮ること。それが今の私の原動力です。
地球温暖化や人口減少が進む現在、こうした美しい自然や伝統文化は次々と姿を消しつつあります。それらを「失われていく過去の記録」としてアーカイブするだけで終わらせず、写真の持つ力を使って「実物そのものを未来に残す」ための力になりたい。
私の子供たち、そしてその次の世代が、私たちが今見ているのと同じこの只見線の美しい景色を、自分たちの目で見つめることができるように。
「この景色を守りたい」という鑑賞者の想いが、やがて環境保護や地域活性化への具体的な一歩に繋がっていく。そうした連鎖を生み出す写真を、私はこれからも追い求めていきます。
